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日本経済新聞 掲載 心をつなぐ
2018年3月、5歳の女の子がこの世を去った。義父と実母による虐待が原因として両親が逮捕、現在捜査中である。大学ノートに綴られた両親宛の手紙。小学校入学を目前に、必死に覚えたひらがな。「もうおねがいゆるして」と。これを受け、安倍首相も「痛ましい出来事を繰り返してはならない。政治の責任において抜本的対策を講じる」と述べ、自民党総裁選挙中も全国遊説で公約した。
命を懸けた5歳の手紙が国を動かしたわけだ。家庭というブラックボックスの中で行われる「子どもの虐待」。あまりに複雑で困難なこの問題。警視庁の捜査を通じて今後その真相が明らかになり、未然防止に向けての官民一体になった活動に拍車が掛かることが期待される。
「パパとママにいわれなくても あしたはできるようにするから ゆるしてください もうおなじことはしません ぜったいのぜったいのおやくそく・・・」警視庁が公表し、マスコミ報道された手紙の一部。捜査対象となる証拠品の内容が公表されたのは異例のこと。それだけに警視庁が子どもの虐待に寄せる関心度合いが窺い知れる。
世間の関心も高く「児相が関わっていたのに、なんで? と両親が虐待する背景に視点をあて、支援・援助があれば・・・ とも」(70歳 元保育園園長)。また、相互助け合い活動を推進している60歳自営業も「誰もが互いに助け合う相互支援社会を目指していながら、自分が何もできなかったことが本当につらく思う」と悔しさを滲ませる。
一方、「また、同じような事件が繰り返された、というのが最初の印象。おそらく児童相談所の対応などが問題にされているんでしょうが、現場は疲弊しており、今後も繰り返されるのではないか」(59歳精神科医)と今後に懸念。自らが虐待を受けた経験を持つ20歳のサバイバーmilme(ミルメ)さんは「ただ悲しい。虐待をしている人は、周りから言われても止められるようなものではない」と複雑な心境を語る。
深刻な虐待ケースの大きな原因の一つに「負の連鎖」があるという。自分が親に虐待を受けて育ち、自分の子どもにはしまい、と決めているのに結局、ストレスを感じた時に理性のタガが外れて虐待してしまう。
命を奪われずに済んでも、虐待された子どもはやがて大人になる。充分なケアをしないと、心と体が傷ついたまま人生は続くことになる。虐待による負の連鎖をいかに断ち切るかが課題である。
児童虐待という問題は、社会全体で解決しなければならない”社会的責務”と指摘する声は多い。虐待の未然防止・早期発見・早期対応、さらには児童生徒への支援に関し、家庭・学校・地域社会が連携しながら「教育」としての取り組みが不可欠というわけだ。なかでも「家庭教育」の重要性を指摘する声に注目したい。
家庭教育は、すべての教育の出発点。礼儀・作法・常識を教えられる場である。しかし、昨今、仕事と子育ての両立の難しさなど、様々な要因を背景として家庭の孤立化や忙しくて時間的精神的ゆとりを持てないなど家庭をめぐる問題も深刻化してきていることも事実である。
キヤノントッキ株式会社 代表取締役会長兼CEOで、4歳児の父親でもある津上晃寿さんは「地域全体で子供を見守る社会を作りたい。気になる親子がいれば声をかける、そして企業も、社員の仕事と家庭の両立を進められる仕組みや環境を整えるなど、社会づくりに参画する輪を広げていくことが大切だと思う」と力説。
個々の家庭の問題ではなく、地域社会や学校・行政・企業が力を合わせて子育て家庭の支えとなり、社会全体で「家庭教育」を支え合う国の構築が期待される。
虐待の緊急性については、関係者のみならず、地域の大人たち全員がその知見を持ち、未然予防教育への取り組みが重要との指摘は見逃せない。 0歳と1歳の母で、NPO法人マタハラNet創設者である小酒部さやかさんは「子育てがつらい方も、その気持ちをもっと話して欲しい。そして、周囲の人達も話を受け止めるだけの知識と視野を持ちましょう。子どもは社会の宝。
「社会全体で育てると言う意識が広まって欲しい」と訴える。
また、2児の母で円谷プロダクション執行役員の杢野純子さんは「虐待はされている方もする方も双方が傷つくもの。
連鎖と言われるように、する側がなくならない限り、続いて行く。私に何ができるのだろう・・・とにかく気づくことが必要。非難するのではなく寄り添っていけたら」と目配り、見守りの大切さを強調する。
今回の事件で世論も大きく動き、行政も動き出した。報道によれば安倍首相も7月20日、関係閣僚会議で訓示し、人手不足である児童福祉司を22年度までに2000人増員、児童相談所間の職員同士の対面引き継ぎの原則化、また、児相が受けた相談内容を警察と全件共有する動きも指示した。加えて、児童相談体制強化に向けた取組の1 つとして、11月1日〜14日の期間にLINEを利用した相談窓口を開設した東京都の小池知事も児童福祉司の増員を決め、その決意を表明したという。
しかし、こうした動きにも課題はあるという。児童福祉司には女性が多く、虐待者である親にすごまれたり暴言を吐かれたりしたとき、恐怖から家の中にまで介入しにくい場合もあるという。強制介入という点では、全国をカバーできる警察の力は大きいものの、虐待への知見がない場合、その時に子どもが泣いていなかったりすると、親に虐待を隠され、騙されてしまう懸念もあるとのこと。一歩踏み込み、2人ペアで、現場に行くという対応策がいくつかの地方では推進されているという。
また、教育的観点から、フランス在住の国際経営コンサルタントの永田公彦氏は「専門家による親と子ども双方に対する予防教育が重要だと思う」とし、「フランスでは教育法や政令で児童保護に関する教育義務を定めている。対象となるのは、すべての医療、社会保険、学校教育、司法、警察、スポーツ・文化活動指導分野の関係者」とのこと。
日本の児童虐待の対策は、これまで家庭への介入に力点が置かれる傾向にあったが、そもそも虐待が生じないようにするため、母子保健や貧困対策などによる予防的対策がしっかりと講じられる必要があるという。
児童相談所の相談件数は27年連続で増加、過去最多の13万3778件を記録した。26年前の約120倍だ(厚生労働省より)。子どもの虐待死は、2016年度は心中も含め年間77人。けれど、この数は氷山の一角で、推定では350人にも上ると言われている(日本小児科学会より)。
虐待者のうち5割以上を占め、最も多いのが実母。続いて、実父が3割以上。実に虐待の約9割近くが実の両親によるもの。虐待は、決して“特殊な親”の話ではない。ただ「子どもを愛せない」という単純なものではなく、その背景は複雑だ。育児不安、貧困など経済的な不安、定職につけない、夫婦の不仲、孤立した子育て、産後うつ、アルコール依存、親自身が自分の親との葛藤を抱えている、そして虐待の連鎖…親が抱えるストレスのはけ口が、弱い子どもに向けられてしまっているのだ。
虐待の定義は大きく分けて4つ、身体的、心理的、性的、ネグレクト/「子どもが耐え難い苦痛を感じることであれば、それは虐待である」…父が母を殴っているのを目撃した、という「面前DV」も虐待だ。保護者が子どものためだとしても、あくまでも子どもの立場で判断することが求められている。
第三者が見極めるのは難しいが、命に関わる深刻な虐待を防ぐにはその「緊急性」を知る必要がある。
少子高齢化というまさに”国難”を迎える中、5歳というこれからの未来を担う貴重な命がこの世を去りました。それも、両親の虐待によって・・。再発防止を社会に呼びかけ、子供の幸せを守るためには、社会全体が立ち上がらなければならない、との強い思いが、この「心をつなぐ」シリーズへの掲載を決意させました。
子育て中の親子にもっと優しい社会であったなら・・。虐待防止のために一人ひとりができることは、子育て中の親子を孤立させない、孤独にさせないこと。だからといって、「あの親は虐待しているのではないか」という”監視”の眼差しを向けるのではなく、”見守り”の眼差しが社会全体に広がることが大切だと思います。
すべての子どもの命と心を守るため、私たちロイヤルハウジンググループは、オレンジリボン運動に、グループ挙げて参画することから始めます。「小さな親切心」をもって自らも「見守りの目」のひとつとなるとともに、多くの「目」となりうる行政や児童福祉司、民生委員、地域のNPOや企業とも連携しながら、二度と虐待の起こらない社会を目指し行動します。
ロイヤルハウジンググループCEO 木島寛
オレンジリボン――。特に日本では、独自の意味合いとして子どもの虐待に関するシンボルとして使われている。厚生労働省は毎年11月を児童虐待防止推進月間に定め、児童虐待という不幸を根絶するため、各都市・各地域でオレンジリボンの啓蒙活動やイベント実施を推進している。
「(父からの暴力で)顔面が腫れ上がり、体中アザだらけになって学校に行っても周囲の人は誰も気に留めてくれませんでした。母親さえも、私のことをかばってくれませんでした」(子ども虐待防止オレンジリボン運動HPより)そんな子どもたちの悲痛な声を拾い、すべての子どもの命と心を守るため、私たちが今できることから始めたい。
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