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日本経済新聞 掲載 心をつなぐ
インタビュアー ロイヤルハウジンググループ 上席執行役員 谷本 有香
証券会社、Bloomberg TVで金融経済アンカーを務めた後、米国でMBAを
取得。世界の3000人を超えるVIPにインタビューしてきた。
Forbes JAPAN副編集長としても活躍中
横田めぐみさんは1964(昭和39)年10 月生まれ。
日本銀行に勤めていた父・滋さんの転勤で新潟に引っ越した翌年1977年11月15日、当時13歳(中学1年)のめぐみさんは、突然消息を絶ちました。
バドミントン部の練習終わり、日も暮れて日本海へと向かう寂しい帰り道。母が待つ温かい家までは、あとわずか数分の距離でした。
あらゆる手を尽くし探しても何の手掛かりも得られないまま、ある日突然、横田夫妻の元に思いがけない知らせが届きます。
めぐみさんが北朝鮮に拉致されて、平壌で暮らしているかもしれない。
失踪から20年、ようやく判明した驚愕の事実でした。
以来、他の行方不明者家族と「家族会」を結成し、今に至るまで、拉致被害者救出を求める活動を日本各地や海外で続けています。
現在めぐみさんは53歳。家族が生き別れになってから、もう40年が経ってしまいました。
谷本有香(以下、谷本):この40年、今の率直な思いは?
横田早紀江(以下、横田):今が一番しんどいし、苦しいです。私は81歳、主人は85歳になりました。心身ともに消耗してきて、思うように動けないことにイライラして。
谷本:滋さんの体調はいかがですか?
横田:足腰が弱って、週に数回デイサービスを利用しています。言葉も出づらくなって、自分の思った言葉をちゃんと組み合わせて話すことができなくなってきました。それでも「めぐみちゃんに会いたい、会いたい」と毎日言っています。
谷本:北朝鮮による拉致が判明して20年が経ちます。署名活動などで政府に訴え続け、国内外での講演会も1000回を超えたそうですね。
横田:救出活動を始めた20年前は、夢や希望がありました。拉致と判明する前の20年は、何も分からず、ただ真っ暗なトンネルにいるようでした。自分を失って絶叫しながら浜辺を走ったり、街をさまよったり、死を考えたこともありました。けれど、ようやくめぐみがいなくなった理由が分かった。あの子は生きている、早く助け出してあげなくては、という親の思いだけでした。けれど今は、北朝鮮を取り巻く国際問題がいろいろと絡んできていて、親の願いを超えたところの難しさを感じています。助けてあげたいのに、叶わない。何も分からなかったあの時よりも、苦しいです。
谷本:2 0 1 7 年は今年の漢字に「北」が選ばれるほど、北朝鮮という国の恐ろしさが全世界的にも明らかになった年でした。
横田:そうですね。北朝鮮の実情が、誰にも信じてもらえない時代がありました。救出活動を始めた初めの頃は、署名の看板を「こんなものなんだ!」と叩き落とされたり、「本当に拉致なんてあるんですか?」と言う人もいました。2002年に小泉首相(当時)が訪朝し拉致被害者5 人が帰国して、ようやく信じてもらえた。それでも、めぐみは死んでいると偽の遺骨が送られてきました。私は「これはめぐみじゃない」と絶対に信じなかったけれど。そういうことを平気でする国を相手に、日本はなんてのんきなのだろう、と思います。
谷本:めぐみさんはどんなお子さんでしたか?
横田:本当に明るくて、おおらかで、おもしろい子でした。動物や植物や自然が大好きで、いつも外を駆け回っていました。いろんな花で押し花をつくったり、大きなガマガエルを捕まえて可愛がったり、まだ産毛もないような小鳥に一生懸命エサをあげたり、捨て猫を拾ってきたり、驚かされることも多かったです。
実は今朝、片づけをしていたらめぐみの小学校3年生のときの日記が出てきて。雨や水たまり、空や雲の形について疑問に思ったことなどが書いてあってしみじみと読みました。「ああ、こういうことを細やかに見ていたのだな」と。
谷本:素敵な家族写真もたくさん拝見しました。
横田:小学校の運動会のときの笑顔なんて、めぐみらしいですね。
今でも、家族のアルバム写真を見ると、そのとき何を話していたか、その空気まで鮮明に思い出せます。めぐみのものは全部残してあって、本や洋服、文房具なんかも、衣装ケースに2つくらい。帰ってきたら「みんな残してあるよ」って出迎えてあげたくて。
谷本:実は、よく見かける制服のお写真から、おとなしいお子さんだったのかと。
横田:ちょうど中学入学のときで、少しおすましした感じでしたね。大人の話ができるようになって、思春期になったなあ、おもしろいなあと思っていた矢先でした。めぐみの下には双子の弟もいるのですが、めぐみは家族の中心だった。この笑顔が家族を明るくしてくれていたから、いなくなってしまってからの家は火が消えたようでした。
谷本:長い間、めぐみさんのどんな姿を思い浮かべて、希望に繋げていますか?
横田:あんなおおらかで自由な子が、自由を奪われて・・でも、生命力もあるし13年間日本で培った判断力もある。ユーモアのセンスもあってジョークで周りを笑わせたりもする。本も好きでたくさん読んでいました。がんばって、考えながら生きていると思います。
横田:めぐみの誕生日になると、同級生たちがめぐみ宛てに手紙をくれるんです。みんな「早く帰ってこないかな」って。「今何してるの?」「あんなにお花が好きだったけど、あなたのお好きなお花は咲いてるの?」とかね、そんなことを書いた手紙が今も届きます。
谷本:私たち国民が世論をつくること以外に、何かできることはありますか?
横田:全国の皆様にも本当にいろいろな形で応援してくださって、すべてがありがたいです。皆様から、どうしたらいいですか?と聞かれますが、私の方もどうしたらいいのだろう、何ができるのだろうと思います。けれど国交もない国が相手では、個人の力は、あまりにも無力です。 日本のトップが直接、会談で訴えて頂かなくては何も始まりません。ようやく国連が北朝鮮に対して「拉致は人道に対する罪である」と警告を出し、世界中に知られるようになった。十数年前、安倍現首相から「今じゃない、いつかは・・」と言われましたが、それこそ今がその時だと思うのです。
谷本:その危機感が薄いのでは、と。
横田:日本はとても平和な国です。でも、今でも日本の海上には北朝鮮からの不審船が来ているかもしれません。決して他人事ではないのです。もし自分のお子さんや家族が拉致被害にあったら「しょうがない」と2~3年で諦めますか?私は死ぬまで諦めません。あんな理不尽な連れ去られ方をされたのに、絶対取り返さなくちゃいけないと思います。
谷本:2002年、めぐみさんの帰国は叶いませんでしたが、お孫さんの存在が明らかになりました。
横田:驚きました。ビデオメッセージで「おじいちゃん、おばあちゃんに会いたい。平壌に来てください」と言ってくれて、もちろんすぐにでも会いに行きたかったけれど、そう簡単には事情が許さない。ずいぶん時間がかかって、2014年にモンゴルで会うことができました。当時26歳のウンギョンちゃんは結婚して、女の子のお母さんになっていました。私たちにとってはひ孫です。めぐみの小さい時にそっくりでした。よく食べ、歩行器で部屋中をニコニコしながら走り回っていました。まだ話せないこともある、緊張感がある中でも、そこには普通の家族団らんがありました。
けれど、血のつながった孫なのに、会えるまでに何十年もかかった。それも、モンゴルという遥か異国の地でしか叶わない。それが「拉致問題」なのです。
谷本:ウンギョンさんに初めて会った印象は?
横田:初めてパッと見たときは、よく似ているなと。めぐみにも、私の小さい時にも。
大変な国の中で育っているのに明るくて、生き生きと、礼儀正しくて。「ああ、めぐみちゃんがいる」と感じましたが、でも同時に「なんでここにあの子がいないんだろう」とも思いました。
谷本:どんなお話を?
横田:ウンギョンちゃんはめぐみが死んだと聞かされていますけど、私はしっかり言ってきました。「おばあちゃんは、あなたのお母さんのめぐみは、他の人たちと一緒に元気で生きているとずーっと信じていますよ。絶対に希望を持ってね。希望ですよ」と。向こうも黙って、何とも言えない顔をして緊張して聞いていました。
谷本:めぐみさんも、同じく娘を思う母でもありますよね。
横田:蓮池さんから、めぐみは子育てに苦労していたという話も聞きました。お乳が出なくて、ミルクで育てたとか。まだ母親としてのことは何も教えていなかったから、ずいぶん苦労しただろうな、かわいそうだなといつも思ってきました。めぐみが小さい頃、私のお古のスカートでめぐみの服を作り直してあげたりするのが楽しかった。めぐみはそんな姿をいつもうれしそうに眺めていたから、そういうことを思い出しながら頑張ったのだと思います。
谷本:拉致被害から40年、ご家族の皆様も高齢になられました。
横田:病気で入院なさったり、諦めて子どもの名前を呼ばなくなったという方もいます。 ずっと待ち続けて、会うことも叶わず、亡くなられてしまった方もいます。むしろ意識がある方が苦しくなるのかもしれないと思うくらい、苦しくなる時があります。私たちにはもう、時間がありません。もう体力がしんどくなってきたので、会えなくなったら大変だという思いが強いです。主人がはっきりしている間に、今年中に何とかしてもらいたい。とにかく帰ってきてくれたら、それだけでいい。あの子がいたら、もう何も要らない。
谷本:今、伝えたいメッセージは何ですか?
横田:めぐみをはじめ、多くの被害者が、日々生きるか死ぬかの選択を迫られるような国で今も、早く助けてくださいと言っている。その声を忘れないでほしいのです。そして「どうか皆さん、とにかく健康で、元気で」と祈るだけです。
私の力の源は、祈りです。祈りが今まで支えてくれました。祈って祈って、信じて信じて、あきらめず待っております。
谷本:母性の危機が叫ばれている現代、今回のインタビューを通して、母として子を思う、早紀江さんのとぎれることのない大きな母性愛を深く感じました。人として、母として、その勇気ある姿や、無条件で最上の愛を心に刻ませて頂きました。
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